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「何だろうか、これは」
 王が制定されて久しく、華珀も軌道に乗り始めた頃。
 書類の多さに若干辟易してきた荀伯が、執務室の椅子から立ち上がった瞬間、書簡を置いておく場所に見慣れない巻物を見つけて、そっと囁く。
 その表紙には日記、とだけ書かれており、おそらく誰かが処理するべき巻物と間違えて運んできたのだろう。
誰の物か分からないのでは返しようがなく、荀伯は少々迷った末に紐をほどく。
そこに掛かれていたのは、最近ようやく見慣れた流麗な華燭の字で、荀伯は少し納得して頷いた。
如何にも彼が書きそうな物だ、あれの生真面目さは真似しなければいけない、そう思いつつ、荀伯はつい内容を確かめてしまう。

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<○月×日 晴天なり>

本日は視察の為、檸檬の栽培を生業とする民の地を訪れました。
土地柄も良く、気候も善き案配と、まさに檸檬育成の為にある地の如く。
檸檬の木と共に生る薬草が、これまた美味なり、食べ始めたら止まらな・・・・・・いえ、決して、この為に来た訳では無い事を明記しましょうぞ。
その地にはりんなる者あり、気立て良く、楽しき一時を過ごせました。

・備忘
あとで礼の品を贈る事。

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 道理で、あの日は華燭から檸檬の匂いがした訳である。
 うさぎと檸檬、野趣あふれる滋味と檸檬。
己の臣下達が一寸だけ涎を垂らしていたのは内緒にしよう、荀伯はあの日の事実を心に仕舞いつつ、次の項目をうっかり見てしまう。
人の日記とは、気になる物なのだ。

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<○月△日 多少雲あり、なれど晴れ間ののぞく温暖な気候>

本日は、何時も薬草をお恵み下さる者達が山野部へ参った様子。
珍味は有り難い事だが、怪我などなさらぬよう願うばかり也。
薬草はまた生える、しかし命はひとつなのだから、無理はなさらぬよう申さねば。
しかし、何時も薬草を受け取った後に聞こえる『えくせれんつぅ』とは何であろうか。
時々真似させて頂くが、いまだに意味を知らぬ故、最近聞いた珍しき言葉と共に後々調べましょう。

・調べる言葉
えくせれんつぅ
いんぱくと
ゆにぃく

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 明らかに異国の文字が並んでいるが、その後意味は調べられたのだろうかと、荀伯は執務で強張っていた頬を緩めて苦笑した。
最近分かってきた事だが、華燭は母国語は強いが、それ以外の横文字は明らかに意味が分からないまま使っているのではないかと思われる節がある。
日々勉強しているので、もう疑問は解消しているだろうが、己にもその意味を教えてくれないと、時々話がかみ合わず頭上にはてなが出てしまうのだ。
「さて、流石にこれ以上読み進めるのは失礼だから・・・」
「あ、何ですかそれ?誰かの日記っすか!」
 巻物を巻き直して、紐でくくって元通りにしようとした瞬間の事だ。
最近臣下として加わった者が、勢いよくぶつかって来て思わず巻物を手放してしまう。
 取り返そうとするも、もうちゃっかり読み始めていて、荀伯は思わずため息を吐く。
そうして、元気が有り余っている様だから、後でこの者に山入りの際の護衛を任せようと、硬く決意したのだった。

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<×月○日 長雨の入り>

最近、頭を撫でさせてくれと訪ねて来る者が多く、中には、か、可愛い等と言う者が出る始末。
まだまだ鍛え方が足りぬ証か。
嬉しくない訳ではないが、可愛いとは、むしろそなた達の事を言うのではないかと、何時も思うに至るのです。
今度他の者に、意見を訊いて見なければなりません。

・防備
うさぎ飛び千回、さぼらぬよう、これも日々鍛錬也

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「うさぎさんがうさぎ跳びっすか」

 臣下の一言で、何とか威厳を出す為にしかめっ面をしていたのが完全に崩れた。
一応は神獣なのだが、人型ではなく完全に兎の姿で薬草を食む姿を多数が目撃しているせいか、神獣=うさぎと勘違いしている者が非情に多い。
実際合っていると言えば合っているが、何時か訂正しなくてはならないかもしれない。
 思慮をめぐらせている間にも、臣下はどんどん内容を読み進めて行く。
丁寧に音読付きなので、否が応でも続きを聞く羽目になった。

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<×月◇日 風の強き日>

本日は久々に、某の顔が気になると申される者がありました。
披露目の時に『まさかの兎だと・・・!』と驚かれたのを思い出し、懐かしくなったものです。
矢張り自ら率先して苦手を克服すべく、人化の技を今日こそ完璧にしましょうぞ。

・守るべき事
失敗しても挫けぬように、強き心を持つ

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「そういえば、御顔は知らないわね」
 何時の間にか臣下だけでなく、身の回りを世話する者まで集まって来ていた。
人(!?)望があるのは良い事だが、流石に華燭にばれるのでは無いかと思う位の集まりっぷりで、荀伯は慌て始める。
最初に読み始めたのは己なので、この状態は非常に拙い。
 諦めていた巻物の奪取をするべく、再度臣下へ手を伸ばしたが、一歩遅かったようで彼はちょこまか逃げ回りつつ、最新の内容を読み始めた。

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<△月■日 曇天>

油断致しました、凶兆ノ証に久々にかじられ申した。
禿げてはいないだろうか、後頭部故分からぬ。
しかし見て貰うのも間抜け故、内密にしておくべきか。

・取ってくる薬草
毛生え薬に成る物

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 ふかふかの頭に出来た円形ハゲは、とても目立っていた。
本人は内緒にしていたつもりだろうが、完全に丸わかりで、内緒に出来ていなかった日である。
結局あとで荀伯が討伐はしたがと回想していれば、ふと、背後から物凄い覇気を感じて全員が振り返った。
「貴方達、何を見ているのでしょうか?」
 そこには日記の持ち主である華燭が、ぷるぷる震えながら立っている。
頬は真白な毛に覆われて分からないが、シュッと伸びた耳朶が何時もより赤いので相当怒っているのであろう。
 荀伯は臣下達と顔を見合わせた後・・・全員で、一斉に散り散りに逃げ出したのだった。


【えんど】

© 2017 王と神獣

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