
麗らかな陽光降る常春の国、永馨の午後。
永馨王宮の縁側にて、永馨王波羅と宰輔翠春は卓を囲んでいた。
放っておくと仕事ばかりしている波羅を見かねた翠春が、
毎日午後に喫茶の時間を設け、二人で休憩がてら他愛ない話をしている。
最初こそ、やる事が多すぎて時間が惜しいと零していた波羅であったが、
国の大事な産業である茶や菓子を自ら味わい、
縁側からゆったりとした気持ちで国を眺めることだって有意義だと説得し、
心なしか波羅にもこの時間を楽しむ気持ちの余裕が見られるようになった。
誓約通り彼は毎日翠春の編んだ花冠を戴き、
今日は彼の瞳の色と似た蓮華の花が文字通り彼に華を添えていた。
「ねぇ、波羅…選茶祭のことなんだけど、
やっぱり一番を決めるっていうのはどうも気が進まないよ。
永馨のお茶はみんな美味しいの。優劣をつけるのは勿体ないと思う。」
お茶の支度をしながら、翠春が口を開いた。
選茶祭とは色々な祭を行う事で、この国の良さを広く伝え、
観光客で賑わうようにと考えられたものの1つで、国中から茶を集め振る舞い、
どのお茶が一番美味しいのかを決定する。
幾つかの部門に分かれた賞を受賞したお茶は、銘茶として扱われることになるそうだ。
「またその話か。劣が付いた方が不憫…と云うのは何ともそなたらしい。」
それまで穏やかだったように見えた波羅の表情が渋くなる。
時折仄かに表情が和らぐが、やはり基本的には厳しい人なのだと改めて感じた。
翠春は時折お忍びで民たちの生活を直接見て回り、話を聞いたりもしている。
皆がどれだけ頑張って花や茶の木を育てているか、そして美味しく加工しているか、
よく知っているだけにやはり全てを認めてあげられないというのが心苦しいのだ。
「そなたの気持ちも分からぬ訳ではない。
しかしだ、こうして敢えて優劣をつける事により、銘茶として選ばれた物は箔が付く。
飲んだことが無い者にも、それがいかに素晴らしいかが知れる。
優が付かなかったとて、そもそも永馨は茶の産地として有名だ。
もっと素晴らしいものもあるが、それ以外が駄作であることにはならない。」
この話は翠春だって聞いた。しかし、全ての努力は報われるべきだ。
色々なお茶を味わいながら、どのお茶も美味しいと認識を広める祭であっても良いと思う。
未だに納得しきれていないのが、波羅にも分かるのだろう。静かに嘆息が漏れる。
「もし自分が懸命に作ったものが優と認められねば、そなたは悲しいだけか?
余であれば、悔しいから次は他に負けぬとより精進するが…。」
努力家である彼らしい考えだ。そう思う事も、確かに出来るだろう。
「みんながみんな、波羅みたいに強いわけじゃない。
悲しくてつぶれちゃう人だって、いるんじゃないかな。」
そういう人間だって必ずいるはずだ。そう思うと、一番なんて決めなくても良い。
全てを認めて、全てを労う…その方が良いと思うが、この見識の差は中々埋まらない。
「永馨は穏やかな国だ。余はこの国の軍事力は必要最低限に留めたいと思っている。
力で治めるのではなく法で治めたい。これはそなたの誓約の言葉にもあった通りだ。
だが、逆境であれ、自身の努力が思いの外揮わなかった場合であれ、
そこから次こそはと奮起する強さ…そういう強さを民には持ってもらいたいのだ。
国とは地であり民である。王とは国に備わった力を上手く運用するもののこと。
力自体は王のものではなく、地と民のものなのだ。
それ自体が弱ければどうすることも叶わぬ。これはそなたにもよく理解してもらいたい。」
そう云われて、翠春は自身の誓約の言葉を思い出す。
“この国の皆はとても優しいけど、だからこそ、そこに付け込まれることが多いんだぁ。
それを防ぐのに武力はある程度必要だと思うんだけど、
でも一番必要なのは《民を護るための法》じゃないかなぁって。“
元より備わった優しさに、そこへ付け込まれるようなことがあっても
毅然と立ち向かう強さ…確かにその両立を自分は彼に願ったのだった。
許すと言ったその後で、許して欲しいと自分に言った。
きちんと二人で許し合えるまで話し合う。自分も其れに応えなければと翠春は思い直した。
「そうか。うん。それなら分かった。特別頑張って結果を出せた人を称えるけど、
そうじゃない人の努力もきちんと労える雰囲気に出来たら良いな。」
翠春の止まっていた手が再び動き、茶の支度が整う。今日のは少し特別だ。
彼はどんな反応を見せるだろう。
「そうだな。開会の挨拶の折にそこを強調しよう。」
有難うと一言つけて、波羅は翠春の淹れた茶を一口…。
「ぐ…ゴホッ!」
茶を口にした途端波羅が咳き込んだ。
「大丈夫?熱かった?」
翠春は慌てて波羅の背中を摩った。
「いや、気管に入ったのか咽ただけだ。大事ない。
…しかし今日の茶は、随分と甘いのだな。」
波羅は気管に入ったのではなく、予想外の甘さに驚いて咽たのだった。
茶特有の渋みの中に香る甘さなどではない。何か甘味を入れているようだ。
「この間学舎に入った森客の人がね、異界ではお茶に砂糖や牛乳や果汁を入れて、
甘くして飲むって言ってたから、早速試してみたんだけど…ダメだった?」
少しずつ、森客の受け入れ態勢を整えようと森客の為の学科を設け、
それをお忍びで見に行った時に聞いた話だった。
茶葉に香を付けたりはするものの、淹れた茶に味付けを施すというのが斬新で、
早速試してみたのだが、異界のお茶はもしかしたら味が大きく異なるのかもしれない。
「いや、馴染みが無いので面食らったが、確かに甘いものは疲れに効くし、
慣れれば美味しく感じるようになるのかもしれない。
何より淹れた茶に味を施す…と云うのは画期的だ。
そう云った味付けに合う茶を作るのも、展望の一つとしてよかろう。
そうだ。砂糖ではなく蜂蜜を使ったらどうだろうか。
蜂蜜は栄養価も高く、甘みにも品がある。ここは花の国だ。
養蜂には適しているし、茶と蜂蜜を揃いで販売すれば贈答に丁度良い。
うむ。やはり森客の持つ異文化は興味深いな。」
目を細めて、波羅は砂糖入りの茶を改めて味わう。
今度は咽る事もなく、やはり慣れぬ味だがこの一杯が齎した展望を思うと胸が躍った。
「此度の選茶祭では時間が無いので無理だが、来年はその為の部門を用意してみようか。
その為に、すまぬがそなたが味付けをした茶を振る舞ってくれぬか。
こういったものもあるという事をみなに示す必要がある。」
思わぬ反応に翠春も驚いたが、
いつも気難しい顔をしている波羅が楽しそうで、嬉しくなった。
「うん。いいよ。でもこれから毎日、波羅には実験台になってもらうからね。」
翠春も席につき、砂糖入りの茶を一口飲んだ。
確かに何も知らずに飲んだらびっくりする味だが、
甘さがじんわりと体に巡るようで、どこかほっとする感じもする。
――これからも毎日花冠と茶を贈ろう。いつも一緒に笑えるように。――