想い~洸琳~
気がついたときには神獣としての自覚があった。
成長した姿が大鹿なんて言う可愛くない姿だったことには、多少衝撃を受けたけれど。
成長も早く、転化が早かったのは不幸中の幸い。
少女の姿でいられたから。これなら……悪くない。
触で異界に行くことができると知ってからは、少女の姿でこの国にはない装飾品を好んでつけた。
人型のときくらい可愛いく着飾ったって誰も文句は言わないはずだ。
けれども、王がいないなんてことを考えたことはなかった。
自分がいれば、王なんてすぐ現れるものだと思っていた。
なのに……王は一向に現れる気配がなかった。
「洸琳様はどのような王が良いとお思いですか?」
いつだったか女仙にそんなことを訊かれたことがあった。
「……別に。まともなやつなら誰でもいいのよ」
ふて腐れたように言った洸琳に、女仙はまぁ……と窘めるような視線を向けた。
「またそんな憎まれ口を……」
だって、こんなに待っているのに全然来ないじゃない。
心の中で愚痴ってからふうっとため息をつく。
本当に、いつになったら現れるんだろう。
いつまで待たなければならないのだろう。
無限ループのように繰り返される問いの答えを求めるかのように、洸琳は国中を駆け巡る。
転変した大鹿の姿での早さなら、どんな妖魔にも、それこそ麒麟にだって負けはしない。
けれど、妖魔がいる森周辺に迷い込んだ民を森から遠ざけることはできても、襲われてしまった民を助けることはできない。
充満する血の臭いに耐えきれず、見捨てて逃げてしまったことだってある。
無力が悔しくて胸が張り裂けそうだった。
森の奥にいた妖魔は、王がいない間に平原近くまで現れるようになった。
このままでは、民が襲われてしまう。国が妖魔に荒らされてしまう。
どこ?どこにいるの?私の王。
この国を助けて!早く、この国を繁栄に導いて!――手遅れになる前に!
ある日、想いを振り切るように国中を駆け巡り、いつものように霊山に戻った洸琳は、女仙が慌ただしく動き回っていることに気づいた。
「どうしたの?」
「洸琳様!やっとお戻りになられた!」
女仙は満面の笑顔で洸琳に言った。
「王候補が昇山されたのですよ」
「……!」
聞くや否や、洸琳は駈け出した。
王候補が来た!……今度こそ本当の王かもしれない!
王気を感じずがっくりしたこともあった。でも、それでも。
求めずにはいられない。いつかは必ず会えるはずなのだ。
この私がいるのだから!
王候補が待つ門の前に飛び出した洸琳の前に、一人の女性が佇んでいた。
黒いドレスを身にまとい、つややかな黒髪をなびかせている。
息をのんで立ちすくむ洸琳を、その聡明そうな瞳が捕らえた。
「驚いた、まさか神獣がこんな可憐な少女だとは思わなかった」
一目見て確信した。
全身が総毛立つかのような衝撃。そして、泣き出したくなるような歓喜に打ち震えた。
ああ……この人だ。やっと……やっと会えた!私の王!!
「私はカティア。異国から流れ着いた者よ。
ここはとても素敵な場所ね。
美しい森と平原、資源もあって、そして何より住む人々が良くてね、
外から来た私が思わず何とかしてあげたいって思うくらい」
微動だにしない洸琳の前に立ち、カティアは、幼子に話して聞かせるように一言一言をかみしめるように言うと、窺うように目の前の神獣を見つめた。
「だから、ここがそのまま荒れ果てていくなんて見ていられない。
私に任せてみない?
私が持つ知識と最大限の力で、この国を絶対に繁栄に導いてみせるから」
まっすぐに洸琳を見つめるカティアの瞳は、力強くきらきらと輝いていた。
それは、自分なら出来るという強い意志と、この国を想う優しさの表れだった。
だったら、どうしてもっと早くに来てくれなかったの?
私は、ずっとずっと待っていたのに!!
叫びたかった。想いが溢れてしまいそうだった。
けれども、毅然とした態度で神獣らしくあらねばというプライドの方が少しだけ勝った。
洸琳は、興味深げに自分を見つめるカティアの眼をまっすぐに見返して、口を開いた。
「そこまで言うのなら、その知識とやらでこの私が認めざるを得ない立派な国にして見せてよ。
失敗なんて、絶対に絶ーッ対に!許さないんだからっ」
泣きそうになるのをぐっとこらえて、口から出たのはそんな台詞。
けれども、ずっと……気の遠くなるような長い間待っていたのだ。この時を。
……この人が、大好きなこの国を導いてくれる――私の王。
「……天啓だから認めるけど、私の大切な国を傾けるようなことをしたら承知しないからっ」
洸琳は、驚いたように目を瞠るカティアの前に進み出ると、片膝を折って頭を垂れた。
そして、彼女の手を恭しく取り、その甲を自らの額に押し当てて誓約を唱えた。
「勅命に従い、身命を賭して、貴女に忠誠を誓います」
それは、新しい王を迎え、この国が未来に向かってゆっくりと動き始めた瞬間だった。
……どうか、どうか愛する国土に発展と繁栄を。
洸琳の想いに呼応するかのように、左腕の翠玉がきらりと輝いた。